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藤原重家 (刑部卿) : ミニ英和和英辞書
藤原重家 (刑部卿)[ふじわら の しげいえ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ふじ]
 【名詞】 1. wisteria 
: [はら, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation
: [おも]
  1. (adj-na,n) main 2. principal 3. important
: [いえ, け]
  1. (suf) house 2. family 
: [けい]
  1. (n,n-suf,vs) penalty 2. sentence 3. punishment 
: [けい, きょう]
 【名詞】 1. lord 2. state minister 

藤原重家 (刑部卿) : ウィキペディア日本語版
藤原重家 (刑部卿)[ふじわら の しげいえ]
藤原 重家(ふじわら の しげいえ、大治3年(1128年) - 治承4年12月21日〔『玉葉』〕〔『尊卑分脈』では20日。〕(1181年1月8日))は、平安時代後期の公卿歌人藤原北家末茂流左京大夫藤原顕輔の子。兄弟に清輔季経らがある。官位は従三位大宰大弐。初名は光輔六条を号す。
== 経歴 ==
父・顕輔は自らと年齢の近い長男清輔とは微妙な関係にあり、その分重家らに愛情深かったという。周防国筑前国などの国司を歴任するが、二条天皇側近と見なされたことから、応保2年(1162年)に後白河法皇の意向で解官される。その後復権し、仁安3年(1168年)に昇殿を許され、嘉応2年(1170年)正月に従三位に昇進し公卿に列す。承安元年(1171年)に大宰大弐。安元2年(1176年)6月17日〔〔『尊卑分脈』では25日。〕に出家して退隠。法名は蓮寂または蓮家。
和歌漢詩管弦に秀でた才人として名声が高く、特に和歌の方面では、兄・清輔より人麿影供を相伝され六条藤家を継ぐ。数々の歌合に出詠し、九条兼実家百首では判者を務めた。『千載和歌集』(3首)以下の勅撰和歌集に29首が入集〔『勅撰作者部類』〕。家集に『大宰大弐重家集』がある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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